shibamatabase project story01 -葛飾区社員寮との出会い-

2016.01.05 【柴又

201510月に日本橋横山町IRORIのオープンを控え、同年夏ころから次の展開を模索していました。

そんな中、総務省が各自治体の公共施設を民間事業者とつなげる「公共施設オープンリノベーション」というマッチングコンペを行っていることを知りました。

自治体が未活用施設を総務省のホームページにアップし、民間による活用案を募集、自治体が選んだ案を総務省に提出し、その中で全国から8つの案が選出されるというコンペです。


これに応じている自治体は主に地方の市町村であったため、当社も最初は合宿事業の候補地を探す一環でウェブサイトを見ていました。

その中で、東京で唯一活用案を募集していたのが葛飾区でした。2つの旧職員寮。

「都内で公共施設活用とは珍しいな」と思いながらも、葛飾区という立地はホステルを運営するには都心部から少し遠く、合宿所にしては市街地に近すぎ、最初は候補外だと思っていました。

それでも、あまり期待せずに2つの施設の詳細を見たら、そのうちの1つの地名に目が留まりました。

「柴又」

柴又と言えば、「男はつらいよ」世代とは違う僕でも、「寅さんの町」とすぐに連想できました。

親が見ていた映画の中の街並みが少し記憶の中でよみがえってきました。

もしまだあの情緒ある下町の光景が残っているとすれば、外国人観光客を対象にしたホステルを作るには面白い場所なんじゃないかと思い、すぐに区役所に電話し内見を申し込みました。

提案の締め切りまで1週間、間に合うかわからないけど、とにかくやるだけやってみようと決めました。

 

提案締め切り2営業日前の827日、内見の許可が取れ、柴又に向かいました。

京成本線から、3駅しかない京成金町線に乗り換え、初めて行った柴又はまさに下町の風景そのものでした。


寅さんの映画そのままの参道


一つしかない改札を出た駅前広場には寅さんの銅像があり、それを囲うように小さな売店や居酒屋が並んでいます。

駅から始まる参道を歩くと、両側に並ぶ風情のある店構えが帝釈天まで約400m続きます。

昔のおもちゃや駄菓子、名物の川魚料理や団子、つくだ煮、様々なジャンルのお店が並んでいて、それらの店が統一された情緒ある店構えでデザインされています。

一般的な商店街と違い、閉じている店もほぼなく、駅前から帝釈天まで活気が続きます。

 


帝釈天


この参道を帝釈天まで歩き、住宅街を34分ほど歩いたところに旧柴又職員寮はありました。


竣工イメージの絵


外から見ると一見職員寮には見えず、古いデザイナーズマンション、もしくはスタジオ付きのオフィスのような、少し変わったつくりをしています。

いわゆる団地のような外見だとホステルとしてはつまらないなと思っていたので、このデザインには魅力を感じました。

 

担当の方に案内されながら、施設の中を見学しました。

 

建物は1977年に建てられ、築38年。僕と同い年です。

風呂やトイレは共同で、部屋は小さなキッチン付きの和室が68室。

延床が1680㎡と、当社のIRORI680㎡)や都内の一般的なホステルに比べると非常に大きいのが特徴です。


都内ではホステルを始めるにも物件が限られていて、オフィスや工場などで使われていた施設をリノベーションせざるを得ません。

今はリノベーションが時代の流行で、おしゃれとさえ思われていますが、本来は事業者にとってリノベーションは少ないほうが経済的に合理的ですし、多くの場合は利用者にとっても利用勝手が良いはずです。(特に宿泊施設のような居住空間は)

都内でホステルを行う場合のもう一つのネックが定員数、つまり施設の規模です。

ホステルの事業を行う上で、過度に高い稼働率を前提にしないためには100人程度の定員をとれる施設が理想です。

一方で、ただでさえ都内は地価が高いうえ、しかも最近の不動産開発ブームである程度大きな土地に建つ建物は買収されやすい中で、理想的な規模のホステルを展開するのが難しくなっています。

そう考えると、すでに68もの個室に分かれている施設が都内で借りられること自体、今回のプロジェクトの大きな魅力でした。

 

4階と屋上で構成される旧柴又寮、屋上に上がったときの景色は圧巻でした。

住宅地の条例なのかほとんど高い建物が周りになく、はるか遠くまで視界が開けています。スカイツリーもくっきり見え、すぐ隣の浄水場に咲く桜が目の前に並びます。

 

駅からの参道、帝釈天、そして建物の作り、ここでホステルを展開する可能性を感じ始めていましたが、気になるのが「そもそも区として許可をするのか」という点でした。

今までも都内の廃校などの公共施設を宿泊施設に転用したく、少し検討をしたことがありましたが、地方と違い都内では宿泊施設に転用することに対するハードルは高く、実際にほかでも事例を聞いたことがありませんでした。

案内していただいていた区役所の担当の方に恐る恐る確認をしたところ、なんと葛飾区自体、外国人も含む観光客向けの宿泊施設に転用する案も検討していたとのこと。

コンペの締め切りまで週末含めて5日足らず、急いで準備に入りました。


(text by ron tannno)

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